経産省DXレポート2が示す危機感と加速シナリオ。未変革企業はデジタル競争の敗者に

DXレポート2

DXレポート2について経産省担当者を取材

2025年の崖という印象的な言葉を用いてデジタルトランスフォーメーション(以下、DX:Digital Transformation)の必要性を示したDXレポートから2年、経済産業省はDXレポート2を公表した。

背景にあるのは、このままでは多くの日本企業がデジタル競争の敗者となってしまうとの危機感だ。DXレポート2の冒頭では「日本企業の約95%は、DXにまったく取り組んでいないレベルにあるか、DXの散発的な実施に留まっている」「DX=レガシーシステム刷新、あるいは、現時点で競争優位性が確保できていればこれ以上のDXは不要である等の本質ではない解釈が是となっていた」と説明されている。

多くの企業・経営者にとっての最重要課題となったDX。日々様々な企業がDXを推進しているにも関わらず、思うように進まないのはなぜだろうか?

そのヒントがDXレポート2にある。問題提起に重きを置いていた前回DXレポートと比較して、DXレポート2はより踏み込んだ表現で短期・中長期のアクションプランが示されている。前回に続き、全経営者必読と言っても過言ではない内容だ。

そこで今回、DX Review編集部はDXレポート2について、DXレポートの生みの親として知られている経産省・和泉氏と、DXレポートをはじめとしたソフトウェア産業の発展に注力する経産省・月岡氏に取材を行った。本記事がDXを推進する経営者・リーダーにとって何か少しでもヒントを提供できれば幸いである。



DXを上手く推進できていない企業は9割

まず、お二人がDXに取組まれている背景を教えてください。

和泉 憲明
和泉 憲明:経済産業省 商務情報政策局 情報経済課 アーキテクチャ戦略企画室長 / 博士(工学)

和泉:経産省に着任する前は産業技術総合研究所の研究員でした。さらに、その前職は、国立大学の助手(現在の助教)で、学生にプログラミングを教えていました。専門はAI、特に、自然言語処理やエキスパートシステムでして、特許文や仕様書の理解システムを研究していました。研究を進めるために大規模システムの構築(プログラミング)が必要だったという背景もあって、気がつけばプログラミングやソフトウェアが得意になっていました。

経産省への参画は2017年です。当時の経産省では情報産業・ソフトウェアが重要との認識が高まりつつあったタイミングでした。その過程で産業技術総合研究所にソフトウェア戦略を立案する担当官の相談があったとのことです。そこで何から手をつけようかと考え、DXレポートの下書きのようなものを作成し始めたのがこの政策のはじまりです。

月岡 航一
月岡 航一:経済産業省 商務情報政策局 情報産業課 ソフトウェア・情報サービス戦略室 係長

月岡:私はもともと工学部の出身で、卒業論文・研究で自然言語処理を、具体的には特許の言語解析を行っていました。経産省に入省して1年目は通商政策を担当していましたが、今年度から情報産業課に異動となり、DXレポート2を含めソフトウェア産業の政策立案に携わっています。

早速ですが、DXレポート2について教えてください

和泉:DXレポート(DXレポート ~ITシステム「2025年の崖」克服とDXの本格的な展開~)を書いた時に考えていたのが、ソフトウェアという見えないものの重要性をどのように伝えるかという観点でした。見えない世界の典型がクラウド化の動向だと思いますが、実際に「クラウド知ってますか?」とYesと答える人は多いと思いますが、「なぜクラウドが重要なのですか?」と聞いても多くの人は満足な回答ができません。昭和100年問題なども含め、ソフトウェアという見えないものが相当足かせになっている現状を変えたいという思いで最初のDXレポートを作成しました。

ところが、それから2年経ってもまだ企業のDXは思うように進んでいません。お金がないわけではないですし、経営者は皆DXに投資したいと言っていますし、それなのに変革を起こせないのです。そこに危機感もあります。

この理由の一つに「ITの合理性を、制度や慣習が否定してしまう」という問題があると考えています。大口顧客を是とするがために今のビジネスの仕組み、あるいはそれと連携している既存ITの仕組みを是としてしまっているということです。DXレポート公開後、経営者のヒアリングを通じてこのような点は一層明らかになりました。そこで、企業文化(固定観念)を変革することがDXの本質である、と示したのがDXレポート2となります。

興味深いです。DXレポート2を公開した背景をもう少し教えていただけますか。

和泉:はい。独立行政法人情報処理推進機構(IPA)がDX推進指標の回答企業約500社におけるDX推進への取組状況を分析した結果、実に全体の9割以上の企業がDXにまったく取り組めていないレベルか、散発的な実施に留まっている状況であることが明らかになりました。まだ自己診断に至っていない企業も背後に数多く存在することを考えると、日本企業全体におけるDXの取組みは全く不十分なレベルにあると認識せざるを得ないと考えます。

このことから、2018年に公開したDXレポートによるメッセージは正しく伝わっておらず、「DX=レガシーシステム刷新」、あるいは、現時点で競争優位性が確保できていればこれ以上のDXは不要である、等の本質ではない解釈が是となっていたとも考察しました。

DX推進指標の分析結果
出展:経済産業省『DXレポート2

和泉:当時の議論をもう少し補足すると、実はこのような誤解が生まれることは経産省内でもある程度想定していました。ただ、当時はまだDXというワードが世の中に認知すらされていない状況です。そのような状況でDXという全く新しいコンセプトを広めるためには、「~ではない」のような否定を重ねながら詳細の定義にこだわるよりも、多少の誤解を生んだとしても分かりやすいドキュメントで多くの人に広めたいという目的がありました。

正しいことが伝わるスピードよりも誤解が伝わるスピードの方が早いということも経験則から分かっていました。とはいえ、想像以上に誤解されたてしまったという側面もあったのですが(笑)

DXの前にソフトウェアの重要性を理解できているか

世の中で本質的ではない解釈が是となってしまっていると感じたポイント等、何か具体的にあったのでしょうか。

和泉:DXレポートを出した後の世間の反応はもちろんですが、特に、最近のファクトとして驚いているものがホストコンピューターの出荷台数です。DXレポートを書いた当時からデータセンター業の成長率が8%増であるにも関わらず、サーバの出荷台数が8%減であるギャップに違和感がありました。

このような傾向はずっと続いているのですが、サーバの出荷台数が回復傾向を示す様子がありました。

「これはいったい何が起きているのか」と思い調べたところ、ホストコンピューターの出荷台数が前年度比29.9%増となっていたのです。これだけ世の中がデジタルだと言っている中でいまだにホストコンピューターの出荷台数が伸びていたということは、我々のメッセージが正しく伝わるどころか、実際には既存ビジネス維持の方に企業が動いていたと推察できます。これには、とても驚きました。

、おそらくエンジニアにとっては当たり前であるソフトウェア中心の合理性を理解している人が少ないのではないか

ここに、必要性やファクトが示されているのに変われないという日本企業の文化があるように思えます。目に見えやすいモノや自分たちのサービスなど、既存の顧客・ビジネスばかりを是として考えてしまう傾向がすごく強いということです。過去のiPodやスマートフォン、今では自動車などもそうですが、おそらくエンジニアにとっては当たり前であるソフトウェア中心の合理性を理解している人が少ないのではないかと考えています。

さらに、大企業がDXのための組織変革を行う場合、ITの仕組みに詳しい人ではなく、現行の仕組みに詳しい人が集められてしまう傾向もこの問題を加速してしまいます。こうなれば尚更、ソフトウェアの合理性は横に置かれ、現行のプロダクトだけを是とした方向に進んでしまうのだと思います。

DXのベスト・プラクティスとは逆行してしまっている印象ですね

和泉:情報産業の発展にはハードウェアとソフトウェアを一体にして捉える必要があります。これだけソフトウェアの価値が明らかになって大規模化・複雑化していっているにもかかわらず、大企業の多くが淡々とバッチ処理のような仕組みをウォーターフォール的に作り続けているという点が分かりやすい課題かもしれません。

また、このような議論を踏まえると、受託ソフトウェアや大規模ソフトウェア開発という今の仕組みそのものが機能していないとも言える訳です。既存の制度や仕組み、ビジネスの延長にデジタルのゴールは無いのではないかとも考えています。なので、多くの企業がDXを、既存ビジネスを中心とした考え方の範囲に留めてしまう点に、危機感があります。

企業のDXに対する危機感の現状
出展:経済産業省『DXレポート2

繰り返しになりますが、世の中でソフトウェアがどんどん価値の中心になっているにも関わらず、既存のサービスや実際の物でしか世の中を見ることのできない経営者や技術者ではDXを成功に導くことは難しいと思います。この辺りの意識変革がDXには必須だと考えます。



今すぐ組織変革できない企業はデジタル競争の敗者に

DXレポート2の中で「新型コロナウイルスの影響でデジタル競争における勝者と敗者の明暗がさらに明確になった」というようなメッセージがありました。コロナとDXの関係をどう捉えていますか。

顧客が変わるスピード以上に全ての企業が変革を起こせたのかという点ではまだ疑問が残ります

月岡:テレワークについては、緊急事態宣言(7都府県)を受けて、導入率は1ヶ月間で2.6倍と大幅に増加しました。しかし、顧客が変わるスピード以上に全ての企業が変革を起こせたのかという点ではまだ疑問が残ります。社内のITインフラや就業規則等を迅速に変更し、押印や客先常駐、対面販売などの、これまで疑問を持たなかった企業文化の変革に踏み込むことができたかどうかがその分かれ目になったのだと考えています。

和泉:コロナ禍という今回の不幸な脅威は、特定のリージョンにおける「よーいドン」の変化を必要としました。この変化の最中、既存ハードウェアのしがらみを無視してでも変革を起こした企業は変われましたし、反対に、既存のしがらみを理由に動かなかった企業は変われなかったという話です。このように考えると、コロナが表出した本質というのは、皆が同じスタートラインに立つような変革が起きた時に、スピーディーに変われた企業はどのような組織なのか明確にしたと言えます。

コロナ過での変革はスタートの瞬間が分かりやすいものでした。しかし、ビジネスにおける変化は通常もっと見えにくいものです。変化がこれだけ明確な中で白黒ついてしまったということは、クラウド化などの見えにくい変化であれば尚更スタートが遅れてしまうということも容易に想像がつきます。世の中が変わっているのに、自分たちが現状のビジネスを維持できているからと言って「まだ誰もスタートしてませんよね」みたいな顔をしていては変革に遅れを取ってしまうのです。インターネットがコモディティ化しているにもかかわらず、GAFAを別世界のように扱うこともそうです。これらは、健康診断のアナロジーで、あたかもD評価、E評価について不健康自慢するかのように、自社の遅れている状況を淡々と語り合っているという状況であり、危機感の無さを象徴しているのではないかと感じています。

このような状況の中で、企業やベンダーはどのような方向性を目指すべきと考えているのでしょうか?

月岡:まず、変化に迅速に適応し続けること、その中ではITシステムのみならず企業文化(固定観念)を変革することがDXの本質であり、企業の目指すべき方向性であると考えています。コロナ禍によって人々の固定観念が変化した今こそ企業文化を変革する機会です。

逆に言えば、ビジネスにおける価値創出の中心が急速にデジタルに移行している現状ですので、今すぐに企業文化を変革しビジネスを変革できない企業は、(近い将来)デジタル競争の敗者になってしまうとも考えています。

企業の目指すべき方向性
出展:経済産業省『DXレポート2

月岡:加えて、ベンダー企業の目指すべき方向性も当然ながら変わってくると考えています。現行ビジネスの維持・運営(ラン・ザ・ビジネス)から脱却する覚悟を持ち、価値創造型のビジネスを行う(要するに、ゴールが明確ではない競争に参入する)という方向性に舵を切るべきです。

ITに関する強みを基礎として、デジタル技術を活用して社会における新たな価値を提案する新ビジネス・サービスの提供主体となっていくことも期待されていくと考えています。このあたりはDXレポート2に詳細をまとめていますので、ぜひご覧いただきたいです。

必要なことは並列でアクションを起こしDXを加速すべき

今回のDXレポート2では、DX加速シナリオとして企業の取るべきアクションがまとめられています。企業がデジタル企業への変革プロセスを歩むためにどのような観点が重要でしょうか。

和泉:これまでに提示したDX推進指標は健康診断のためのものでしたが、DXレポート2は変革を加速するためのシナリオの提示です。取り組める点があれば即座に取り組むべきという方針のもと、資料の構成を考えました。

あえて極端な例を示しますが、「お金で解決できることは今すぐ解決してください」「今すぐ検討できることはすぐに検討してください」。それらをまず実施した上で「自社にとってのDXの本質定義に取り組みましょう」というようなイメージです。問題の可視化(健康診断)や戦略は重要ですが、アクションとは分けて考えるべきですし、それを待たずして取り組める点も多分にあると考えています。

DXレポート2のサマリー
出展:経済産業省『DXレポート2

月岡:ヒアリングを通じて分かったことの一つが、企業がDXの本質や中長期戦略について考えすぎてしまうあまり、まず何から始めればよいかわからず、アクションに移せないケースが多かったということです。そこで今回のレポートでは、状況に応じて実行してもらうべく、企業に求められるアクションを時系列で整理しています。また、企業がDXの具体的なアクションを設計できるように、DXを3段階に分解していますが、デジタイゼーションがまだ不十分であっても、DXの検討を行うことはできます。すべて順に検討しなければいけないという制約はないのです。

必要があればそのアクションを即座に、並列的に取り組めば良いと考えています。逆に、前提条件の整理を待っている間にアクションスピードが遅くなってしまうようではいつまでたってもDXは進みません。

DX成功パターンの策定
出展:経済産業省『DXレポート2


DXレポート2が示す企業の状態別アクションプラン

DXの進め方は企業のデジタル活用度合いに応じて様々です。DXを推進したい企業は短期、中長期(もしくはその熟練度)でそれぞれどのような進め方を想定すべきでしょうか?

和泉:まず前提ですが、DX推進指標は行動変容モデルをベースに設計されていますので、企業の成熟度レベル別に次に取り組むべきアクションを分かりやすく提示しています。DX推進指標を用いた自己診断がまだの企業は、まず自己診断を推奨します。

その上で、具体的なアクションプランはまさに今回のDXレポート2で記載した通りです。コロナ禍を契機に企業が直ちに取り組むべきアクションをまず示した上で、短期・中長期的な対応としてそれぞれ必要なアクションを整理しています。

CIO/CDOの役割
出展:経済産業省『DXレポート2』、DX推進に向けた短期的対応の一例として、部門間の共通理解形成やCIO/CDOの役割・権限範囲の明確化などが示されている。
DX推進に向けた中長期的対応
出展:経済産業省『DXレポート2』、DX推進に向けた中長期的対応の一例として、SaaSやパッケージソフトウェアの活用によるIT予算と工数の抑制などが示されている。

フレームワークまで示した点は凄いですね。DXレポート自体も変化に柔軟にアップデートしている印象を感じます。作成する上で意識しているポイントなどあるのでしょうか?

和泉:経産省としても正しいアジャイルを実践したい気持ちがあります。出来たところから順に出していくという進め方をしなければ、いつまで経っても完成しませんので、ある政策のフレームワークの上に1つずつモジュールを出すような形のイメージです。分かりやすく言えば、バックログ(※開発要求がありながら「未着手・未達成」である案件のこと)を一つずつ積んでは処理していくというようなことかもしれません。

また、上手くいかなかったことも積極的に共有しながら、日本全体でDXに対する学習スピードを向上できればとも考えています。少々の誤解や間違いがあったとしてもDXを大きなストリームにしていきたいということです。

企業のDX推進に向けて今後増やしていきたいサポートはありますか?

月岡:今進んでいる話としては、令和3年度税制改正により創設予定の「DX投資促進税制」をはじめとする、産業政策的な制度面についても変えていく動きがあります。そういう意味では経産省としても、1つの局にとどまらず経産省オールで取り組んでいく必要があります。

※DX投資促進税制の利用要件の一つにDX認定の取得が位置付けられていますので、DX認定制度についての記事も合わせてご覧ください。

和泉:DXのような新しい概念は正しい定義・適切な取組みが具体化されないままに言葉だけがコモディティ化してしまう懸念があります。なので、経産省内でも「今、使えるものは何でも動員しよう」という気持ちで取り組んでいます。法律を整備する、税制を新設する等できることは全力で推進しながら各企業のDX、ひいては国内産業活性化につながればと思います。

今こそ経営者の嗅覚が問われている

最後に、今後の方針やDXレポートに込めた思いなどを教えてください

和泉:DXレポートでデジタルというキーワードを選択した意図は、実は「既存のITではない」ということを表現したいと考えていました。もちろん、「今の仕組みではない」というニュアンスも含めています。顧客や社会、市場などに対して経営者が自分の嗅覚で反応・判断を下すことが正しいDXだと思っていますし、思い込みや既存の仕組みを是とするという進め方では上手くいかないとも考えてのことです。

要するに、今こそ経営者の嗅覚やビジョンが問われていると思っています。そういった変革を私たちとしては積極的に応援していきたいです。

月岡:私もDXの事例を知るほどに経営者のコミットの重要性を感じています。経営者がしっかりとマインドを持って進めている企業は変化も速いですし、変革の意思が企業全体に行き渡っています。今までのやり方ではダメだと思った時に、大きな目標をいち早く持って動き始める企業がデジタル社会で勝ち残っていけるのかなと思います。長い目線での目標と足元の課題を両方見ていただきながら、経営者としてのイニシアティブを発揮してもらえたらと考えています。その際は、ぜひDXレポート2も活用していただければ嬉しいです。

経営者がしっかりとマインドを持って進めている企業は変化も速いですし、変革の意思が企業全体に行き渡っています。

和泉 憲明
経済産業省 商務情報政策局 情報経済課 アーキテクチャ戦略企画室長 / 博士(工学)
国立大学でAI(自然言語処理やエキスパートシステム)の研究を行う中で、自らもソフトウェア開発・プログラミングを経験。その後、産業技術総合研究所で研究員を経験した後、経済産業省に入庁。DXレポートの生みの親として業界内でも広く知られている。

月岡 航一
経済産業省 商務情報政策局 情報産業課 ソフトウェア・情報サービス戦略室 係長
大学でシステム工学を専攻。2019年、経済産業省に入庁し、通商政策を担当した後、2020年6月より現職。DXレポート2をはじめとした、DX推進やソフトウェア産業に関する各種施策に従事している。